2月25日(日)曇り
わが玉島においても,雛めぐりがかなりにぎわった。前夜祭では町家の路地を行灯で照らすという趣向もあった。
玉島の町は港を中心とした商店が多く,古い家並みが残っている。各商家には立派なお雛があるので,今日はまさにお雛くらべである。
2月22日(木)晴れ
代休をいただき,のんびりすごす。
写真はこの日曜日のこと。伐採して2ヶ月ほどしたクルミの木に,ナメコの種菌を植えた。ホームセンターで種駒と「茸ドリル」を買い,ほだ木5本へ植え付けた。ドリルで穴を開け,種駒を打ち込む。ほだ木を日陰に置き,ナメコの生えるのを待つ。さあれ,来年の秋にナメコの味噌汁が食べられるかどうかお楽しみである。
2月17日(土)雨
みぞれの中を倉敷の美観地区へ出てみた。ちょうど「倉敷雛めぐり」が始まっており,商店街のショーケースにも飾られていた。古い時代のものや,手作りのものもあり,めったに見ないショーウインドーを今日は一つひとつ見て回った。美観地区の旧家にも飾られているという。
そして,鶴形山に登ってみた。阿智神社の隣にある,観龍寺というお寺の山門を初めてくぐった。なかなか大きなお寺だ。ちょうど境内から見下ろすところに大原美術館がある。
玉島例会で観られなかった,文学座公演『踏台』(作=水谷龍二,演出=鵜山仁)を倉敷芸文館で観た。
リストラにあったおじさんたちの必死の奮闘ぶりに泣き笑いとなった。三人の俳優も団塊世代。これが共感せずにおられるか。もう少しがんばってみるか・・・・。
2月4日(日)晴れ
昨日は節分で,今日は立春。暖かい一日だった。剪定バサミ,高枝バサミを持って,山の畑の梅の剪定に行った。小枝がぼうぼうと空に向かって伸び,暖冬のせいか,すでに花が咲いている。花のいいにおいがする。小梅の方がいつも早く咲き,ふつうの梅は遅く咲く。小梅は授粉のために植えているのに,咲く時期がずれるとその役目を果たせない。どうしても,ふつうの梅の収穫が少なくなる。
梅の枝を持ち帰り,備前の花器にさした。木に咲いているときより華やかとなった。
備前の器は,どの花もいちだんと映えさせてくれる。
1月28日(日)曇りのち晴れ
テレビ番組のダッシュ村では,緑豆を栽培して,それで「春雨」を作っていた。この緑豆,わが玉島では「ぶどう」と言ってきた。廃れた岡山弁に入る。グレープではないし,なんで「ぶどう」というのだろうとずっと不思議に思っていた。この番組で紹介された図鑑から「文豆(ぶんどう)」という文字を目にした。ああそれで「ぶどう」になまったのだということがわかった。ほかに「ぶんず」ともいうので,「文豆」からきているのだろう。
この豆を祖父母も栽培していた。ササゲと同じ時期にでき,緑色の小さい豆である。ただ,春雨にではなく,餡をこしらえ,ぜんざいにしたり,餡餅にしていた。ぜんざいは,豆の皮が固く,味も小豆よりあっさりしている。
現在,緑豆は主にモヤシとされ,豆そのものはほとんど中国からの輸入だという。
ちなみに,緑豆のぜんざいを「ぶどう汁」と言っていた。餅ではなく,小麦粉で作った団子が入っているなつかしい味だ。
1月21日(日)曇り
米原万里著『打ちのめされるような本』(文藝春秋)というすごい書名の本を図書館から借りてきた。著者はロシア語通訳であり作家であったが,膨大な読書量にも驚く。その書評と自身の闘病記でもある。これを足がかりにどんな本に巡り会えるか楽しみである。米原さんは昨年の5月に亡くなられた。
本は,次の人が待っているので必ず期限(2週間)まで返すように言われているので,読めなかったら買うしかない。
午後,周防監督久々の映画『それでもボクはやってない』を観た。
1月14日(日)晴れ
車で,西の方角,尾道方面まで行った。車内へは冬日とは思えない陽が差し込み,暖房はいらない。途中,福山の鞆の浦にも寄った。「汐待ちの港」として古くから栄えた港町。港周辺は商家が立ち並ぶ。鞆に寄ったのは,「保命酒」という薬用酒でも有名だが,その副産物の「保命酒粕」を求めてでもあった。これはお茶請けにとてもいい。甘い酒粕には糀の固い粒が残っており,食感が何ともいえない。
「保命酒」は「養命酒」よりも歴史があると店の主は言っていた。16種類の生薬でできており,味見をさせてもらったら良さそうだったので小さいものを一瓶買った。
尾道では,海産物加工品店の「しそ昆布」を買った。この味は,年末に友からもらって知り,その虜になったものである。しその風味で甘辛くした昆布の佃煮は食欲をそそる。
伝統的な食べ物を求めてのドライブだった。
1月13日(土)晴れ
ぽかぽか陽気で暖かい一日だった。
朝方はかんころ(干し芋)を作り,昼からはブドウの剪定をした。梅や柿なども剪定の適期であるのだが・・・・
ロウバイがきれいに咲いている。わび助もちらほら
1月7日(日)雪のち晴れ
倉敷では今日成人式が行われたが,朝から風が強く霙から雪に変わる寒さとなった。会場のチボリ公園は,さぞや寒かったであろう。
猫たちも一日中家の中で過ごす。
1月3日(水)晴れ
正月2日は雨だったが,今日はいい天気。遅ればせながら墓参りをした。お墓から見える港はとても静かである。
ネーブルオレンジはいい色合いになっているが,ちょっと酸っぱい。
杢キリンに接いだシャコバは,花付きがちょっと寂しい。
ちょっと物憂げな三毛。
1月1日(月)晴れ
紅白歌合戦が終わり,テレビから各地の除夜の鐘がなるのを聞いて,わが荒神様に初参りをした。月明かりで社までの石段も暗くはなかった。小さな社は常夜灯がつくだけで,ほかに参拝者はいない。社の鍵もかかったままで畳の間には入れなかった。柏手を打って拝んだ。しんしんと冷えはするが静かであり,おだやかな元旦を迎えられることに感謝した。
明け方,山の畑の小屋に行って,ここから初日を拝むことにした。やはり穏やかで風もない。東に雲があり,朝焼けで夜が明けた。雲の切れ間に少し顔を見せたがすぐに隠れた。
午後から旦那寺と氏神様に歩いて参ることにした。往復7キロ。ちょうど腹ごなしにいい。めったに通らない小道を歩き,山門にかかる寺の山号などをしげしげとながめる。我が旦那寺の正式名は「松嶽寺福寿院」というのだと初めて知った。先代による墨跡とみた。
氏神様の方も石段を登った。境内では甘酒の接待もあり,とてもおいしかった。
もう一つ境内はずれで,自由律俳句で有名な中塚一碧楼(なかつかいっぺきろう)の句碑も見つけた。「橋をよろこんでわたってしまふ秋の日」と刻んであるのが読める。暖かい元日にふさわしい。これも発見だった。